米国科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』に掲載
アトピー性皮膚炎発症の新しい遺伝因子 -遺伝要因が影響する細胞も同定-
薬学部ゲノム病態解析講座の寺尾知可史特任教授(理化学研究所生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム チームリーダー、静岡県立総合病院 臨床研究部免疫研究部長)らの共同研究グループは、日本人のアトピー性皮膚炎を対象にした大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、アトピー性皮膚炎の病態に関わる新しい遺伝因子を特定しました。本研究成果は、アトピー性皮膚炎の治療標的となる病態の解明につながると期待できます。
アトピー性皮膚炎は世界的に発症頻度の高いアレルギー性疾患であり、遺伝的要因が病態形成に大きく影響すると考えられています。近年、他の多くの疾患と同様にアトピー性皮膚炎に対しても遺伝学的解析が行われており、疾患関連領域が多く同定されていますが、アトピー性皮膚炎の遺伝学的背景を説明する材料としては不十分でした。特に、アジア人の解析で同定された疾患関連領域は少なく、その中でも特に病態に関わる一塩基多型(SNP)は特定されていませんでした。そこで、研究グループは日本人を対象に大規模なGWASを行い、さらにUKバイオバンクのGWAS結果を用いてメタ解析を行うことで、新たな疾患関連領域を探索することにしました。日本人のGWASでは、バイオバンク?ジャパン(BBJ)の登録者のうち、アトピー性皮膚炎患者2,639人とコントロール群115,648人(計118,287人)を対象に解析を行いました。解析の結果、17個の疾患関連領域を同定しました。そのうち、4領域(AFF1、ITGB8、EHMT1、EGR2)はこれまで報告されていないものでした。新たに同定した疾患関連領域中のSNPは、ヨーロッパ人では極めて頻度が低く、日本人においても頻度が低かったことから、日本人の大規模解析を行ったからこそ見つけられた関連領域であると考えらます。また、遺伝子単位で情報を統合し解析したところ、免疫に関わる重要な転写因子SMAD4も疾患に関連することが分かりました。ほかにも、これまでヨーロッパ人の解析では報告されたものの、アジア人では不明だったIL13などの領域にも関連を見いだし、ヨーロッパ人とアジア人で疾患発症に関わる共通の遺伝的背景が明らかになりました。また、UKバイオバンクのデータとともにメタ解析を行った結果、さらに新たな疾患関連領域として4領域(ZBTB38、LOC105755953/LOC101928272、TRAF3、IQGAP1)を同定しました。
日本人における疾患関連領域のうち、NLRP10領域とCCDC80領域については、数多くの多型の中から原因多型の可能性の高いものを同定しました。NLRP10領域には、アミノ酸配列に変化を起こすミスセンス変異がありました。このミスセンス変異が存在するNACHTドメインは、過去に免疫反応に重要な転写因子TNIP1の結合部位として報告されており、このドメイン内の変異がアトピー性皮膚炎における免疫反応にも影響を持つ可能性が示されました。また、理化学研究所の研究チームが開発した機械学習の手法を用いて注)、遺伝制御領域の活性に影響を与えるSNPを調べました。その結果、CCDC80領域のエンハンサー活性を変化させるSNP(rs12637953)があることが分かりました。また実際に、実験でこのSNPが近隣のプロモーターの発現を変化させることがわかりました。このように、rs12637953が遺伝子制御領域の発現調整を介することで、アトピー性皮膚炎と関わることが示唆されました。NLRP10領域とCCDC80領域は、過去にも日本人のGWASでのみ疾患との関連が認められた領域で、今回同定したこの二つのSNPは、日本人とヨーロッパ人との間に頻度差があり、日本人では頻度が高いのに対して、ヨーロッパ人では非常に稀であることが分かりました。これらのことから、この二つのSNPは日本人のアトピー性皮膚炎の発症に関わる可能性が高いと考えられます。
上記のように、一つのSNPレベルで疾患に関わるものを特定した一方で、全てのSNPの影響を総合的に評価すると、日本人とヨーロッパ人に共通して、アトピー性皮膚炎に関連する遺伝的多型が免疫細胞のCD4陽性T細胞の遺伝制御領域に集積していることが分かりました。また、両人種のGWASから見つかった疾患関連領域が、CD4陽性T細胞および皮膚のケラチノサイト(角化細胞)のエンハンサー領域と重なることが分かりました。CD4陽性T細胞やケラチノサイトは、アトピー性皮膚炎の病態にとって主要な細胞と考えられてきましたが、遺伝要因の関与は明確には分かっていませんでした。この結果により、CD4陽性T細胞やケラチノサイトでの遺伝子発現が、アトピー性皮膚炎の発症に関わることが示唆されました。
また、多型によって規定される細胞ごとの遺伝子発現を全ゲノム領域において推定し、それらがアトピー性皮膚炎の発症と関連があるかどうかを調べるトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)を行いました。その結果、複数の血液細胞におけるIL18受容体(IL18R)の発現量の違いが疾患に関わることが分かりました。IL18R領域はこれまでのGWASでも関連があることが知られていましたが、その詳細は分かっていませんでした。今回、複数の遺伝的要因によってIL18Rの発現量が変わり、その違いを介してアトピー性皮膚炎に関わることが示唆され、細胞種によってさまざまなパターンをとることが分かりました。
今回の研究では、日本人における新たなアトピー性皮膚炎の疾患関連領域を同定しました。また、単に疾患関連領域を同定するだけでなく、遺伝的に疾患に関連する細胞やタンパク質も同定しました。本研究成果により、今後、治療標的となりうる病態が解明されると期待できます。
本研究は、アメリカの科学雑誌科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』の掲載に先立ち、オンライン版(6月8日付け:日本時間6月8日)に掲載されました。
注) Koido M, Hon C-C, Koyama S, Kawaji H, Murakawa Y, Ishigaki K, et al. Predicting cell- type-specific non-coding RNA transcription from genome sequence. bioRxiv 2020:2020.03.29.011205.
【論文情報】
<タイトル>
Eight novel susceptibility loci and putative causal variants in atopic dermatitis
<著者名>
Nao Tanaka, Masaru Koido, Akari Suzuki, Nao Otomo, Hiroyuki Suetsugu, Yuta Kochi, Kouhei Tomizuka, Yukihide Momozawa, Yoichiro Kamatani, The Biobank Japan Project, Shiro Ikegawa, Kazuhiko Yamamoto, and Chikashi Terao.
<雑誌>
Journal of Allergy and Clinical Immunology
<DOI>
https://doi.org/10.1016/j.jaci.2021.04.019
アトピー性皮膚炎は世界的に発症頻度の高いアレルギー性疾患であり、遺伝的要因が病態形成に大きく影響すると考えられています。近年、他の多くの疾患と同様にアトピー性皮膚炎に対しても遺伝学的解析が行われており、疾患関連領域が多く同定されていますが、アトピー性皮膚炎の遺伝学的背景を説明する材料としては不十分でした。特に、アジア人の解析で同定された疾患関連領域は少なく、その中でも特に病態に関わる一塩基多型(SNP)は特定されていませんでした。そこで、研究グループは日本人を対象に大規模なGWASを行い、さらにUKバイオバンクのGWAS結果を用いてメタ解析を行うことで、新たな疾患関連領域を探索することにしました。日本人のGWASでは、バイオバンク?ジャパン(BBJ)の登録者のうち、アトピー性皮膚炎患者2,639人とコントロール群115,648人(計118,287人)を対象に解析を行いました。解析の結果、17個の疾患関連領域を同定しました。そのうち、4領域(AFF1、ITGB8、EHMT1、EGR2)はこれまで報告されていないものでした。新たに同定した疾患関連領域中のSNPは、ヨーロッパ人では極めて頻度が低く、日本人においても頻度が低かったことから、日本人の大規模解析を行ったからこそ見つけられた関連領域であると考えらます。また、遺伝子単位で情報を統合し解析したところ、免疫に関わる重要な転写因子SMAD4も疾患に関連することが分かりました。ほかにも、これまでヨーロッパ人の解析では報告されたものの、アジア人では不明だったIL13などの領域にも関連を見いだし、ヨーロッパ人とアジア人で疾患発症に関わる共通の遺伝的背景が明らかになりました。また、UKバイオバンクのデータとともにメタ解析を行った結果、さらに新たな疾患関連領域として4領域(ZBTB38、LOC105755953/LOC101928272、TRAF3、IQGAP1)を同定しました。
日本人における疾患関連領域のうち、NLRP10領域とCCDC80領域については、数多くの多型の中から原因多型の可能性の高いものを同定しました。NLRP10領域には、アミノ酸配列に変化を起こすミスセンス変異がありました。このミスセンス変異が存在するNACHTドメインは、過去に免疫反応に重要な転写因子TNIP1の結合部位として報告されており、このドメイン内の変異がアトピー性皮膚炎における免疫反応にも影響を持つ可能性が示されました。また、理化学研究所の研究チームが開発した機械学習の手法を用いて注)、遺伝制御領域の活性に影響を与えるSNPを調べました。その結果、CCDC80領域のエンハンサー活性を変化させるSNP(rs12637953)があることが分かりました。また実際に、実験でこのSNPが近隣のプロモーターの発現を変化させることがわかりました。このように、rs12637953が遺伝子制御領域の発現調整を介することで、アトピー性皮膚炎と関わることが示唆されました。NLRP10領域とCCDC80領域は、過去にも日本人のGWASでのみ疾患との関連が認められた領域で、今回同定したこの二つのSNPは、日本人とヨーロッパ人との間に頻度差があり、日本人では頻度が高いのに対して、ヨーロッパ人では非常に稀であることが分かりました。これらのことから、この二つのSNPは日本人のアトピー性皮膚炎の発症に関わる可能性が高いと考えられます。
上記のように、一つのSNPレベルで疾患に関わるものを特定した一方で、全てのSNPの影響を総合的に評価すると、日本人とヨーロッパ人に共通して、アトピー性皮膚炎に関連する遺伝的多型が免疫細胞のCD4陽性T細胞の遺伝制御領域に集積していることが分かりました。また、両人種のGWASから見つかった疾患関連領域が、CD4陽性T細胞および皮膚のケラチノサイト(角化細胞)のエンハンサー領域と重なることが分かりました。CD4陽性T細胞やケラチノサイトは、アトピー性皮膚炎の病態にとって主要な細胞と考えられてきましたが、遺伝要因の関与は明確には分かっていませんでした。この結果により、CD4陽性T細胞やケラチノサイトでの遺伝子発現が、アトピー性皮膚炎の発症に関わることが示唆されました。
また、多型によって規定される細胞ごとの遺伝子発現を全ゲノム領域において推定し、それらがアトピー性皮膚炎の発症と関連があるかどうかを調べるトランスクリプトームワイド関連解析(TWAS)を行いました。その結果、複数の血液細胞におけるIL18受容体(IL18R)の発現量の違いが疾患に関わることが分かりました。IL18R領域はこれまでのGWASでも関連があることが知られていましたが、その詳細は分かっていませんでした。今回、複数の遺伝的要因によってIL18Rの発現量が変わり、その違いを介してアトピー性皮膚炎に関わることが示唆され、細胞種によってさまざまなパターンをとることが分かりました。
今回の研究では、日本人における新たなアトピー性皮膚炎の疾患関連領域を同定しました。また、単に疾患関連領域を同定するだけでなく、遺伝的に疾患に関連する細胞やタンパク質も同定しました。本研究成果により、今後、治療標的となりうる病態が解明されると期待できます。
本研究は、アメリカの科学雑誌科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』の掲載に先立ち、オンライン版(6月8日付け:日本時間6月8日)に掲載されました。
注) Koido M, Hon C-C, Koyama S, Kawaji H, Murakawa Y, Ishigaki K, et al. Predicting cell- type-specific non-coding RNA transcription from genome sequence. bioRxiv 2020:2020.03.29.011205.
【論文情報】
<タイトル>
Eight novel susceptibility loci and putative causal variants in atopic dermatitis
<著者名>
Nao Tanaka, Masaru Koido, Akari Suzuki, Nao Otomo, Hiroyuki Suetsugu, Yuta Kochi, Kouhei Tomizuka, Yukihide Momozawa, Yoichiro Kamatani, The Biobank Japan Project, Shiro Ikegawa, Kazuhiko Yamamoto, and Chikashi Terao.
<雑誌>
Journal of Allergy and Clinical Immunology
<DOI>
https://doi.org/10.1016/j.jaci.2021.04.019