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薬草園歳時記(20)たばこの花 2022年7月


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タバコ(品種:Xanthi(キサンチ))の花と名札 薬草園提供

 タバコ(煙草)は、ポルトガル語で「tabaco」、学名は「Nicotiana tabacum」、ナス科タバコ属(Nicotiana)の南アメリカの熱帯原産の植物である。タバコ属(Nicotiana)は熱帯、暖帯などに約70種以上が分布する。一年草、多年草、時に低木の性質をもつ。栽培種としては1年草として扱われるが、原産地ではもともと多年草である。薬草園で稀に冬を越すことがあり、日本でも冬が暖かい所なら多年草となる。当園ではXanthi(キサンチ)とSR-1の2品種を保持している。

 葉の成分にとくに強い嗜癖性を持つニコチンを含んでいる。タバコの煙には健康を害する多くの有害物質が含まれているが、ほとんどが燃焼してしまうため、体に取り込む量は限られている。タバコは全草にニコチンを含んでおり、誤食すると嘔吐や下痢などの症状を起こし、筋肉のけいれんや麻痺といった症状が現れることがあり、死に至る場合もある。ニコチンなどの成分を利用した民間療法があり、タバコの吸い殻を煮出した煮汁は足のまめや水虫などに効くといわれている。15世紀末の熱帯アメリカの原住民は喫煙を宗教的儀式または麻酔薬のようなものとして使ったり、タバコの葉汁は外科用に利用していた。

 日本の法令上の平仮名表記は、「たばこ事業法2条1号」によってタバコ属の植物を指し、その葉を「葉たばこ」(同法2条2号)としている。カタカナ表記の「タバコ」は、農作物として耕作し、葉たばこを得て、それを原材料として製造たばこを得る基盤となるタバコ属の植物を指す。その加工製品は「製造たばこ」で、同法2条3号によって「葉たばこを原料の全部又は一部とし、喫煙用、噛み用又は嗅ぎ用に供し得る状態に製造されたもの」と規定されている。

 タバコの種子は回転楕円体の形である。質量は約50 μgで小さい。種子は光を感知するため、発芽には太陽光が必要である。これを好光性種子という。代表的な好光性種子は他にニンジン、レタス、カブなどがある。発芽温度は摂氏25度である。葉たばこ生産に用いる種子は、1 グラムあたり 12,000 ?14,000 粒ぐらいあり、黄色種の場合、10 アールの土地に2,000 本強の苗を植えるが、種子は 1 グラムで十分であるという。

タバコの種子(JTの資料による)

タバコ(品種:SR-1)の種子(学内研究用の種子)


直立のタバコ(左)とタバコの花 薬草園提供

 成長すると茎は直立、丈はおよそ2 m内外、茎は繊維質で、薪の代わりとして炊事に利用されていた。電気、ガスの普及でそのような用途がなくなり、今では肥料として畑に利用されている。茎には多量のカリ塩が含まれているため、焼くとカリ(K)肥料になる。アルカロイドのニコチン、ノルニコチンには殺虫効果がある。副交感神経末梢興奮作用のある毒薬で、それに含まれる硫酸塩は農薬に用いられている。また、ニコチンの成分を含んだタバコの臭いは蛇が嫌うといわれているので、タバコの吸い殻はヘビの回避剤に利用されることがある。

 タバコの葉は、約30 cmの大きさの楕円形で、30枚から40枚着生する。品種により大きさの違いがある。「葉たばこ」として採取するのは、葉の付く位置によってニコチンの含有量が異なるため、約6割となる。日本国内では葉を5種類に区別される。上から上葉、本葉、合葉、中葉、下葉と呼ばれる。ニコチンの含有率は、上葉は6%程度、下葉は1%程度である。葉の表面には液を分泌する細胞があり、特有の臭気を帯びている。葉には腺毛が多数あり、触ると少しべたつき、空気中のポロニウム210を吸着するという性質がある。

 このポロニウム210は、初めて発見されたポロニウムの同位体で、1898年にピエール?キュリーとマリ?キュリー夫妻によって発見された。発見のきっかけは、ウランやトリウムを含むピッチブレンドの放射線量を測定した結果、ウランやトリウムから推定される数値の約4倍という、はるかに多くの放射線を測定したことである。キュリー夫妻はこれを未知の元素によるものと推定し、高価なピッチブレンドの代わりに、ヨアヒムスタール鉱山で産出したウラン鉱石の残渣数トンから数ヶ月の時間を使って成分の抽出、分離を行った結果である。ポロニウムの名は、マリ?キュリーの故郷、当時ロシア帝国の占領下にあったポーランドに因んでいる。

 タバコの葉は、数か月にわたって成熟の進んだ下位葉から順に収穫していく。一般的に本葉系の収穫は、短期間で一斉に収穫する方法(総かぎ)が行われ、収穫した葉は、乾燥施設で葉編み、乾燥が行われ、4~5日かけて黄色に仕上げる。

 花は夏期に茎の先端部分に咲く。花冠の形状が漏斗に似て、先端が五裂する。色は種類によって異なる。栽培種では基部が白、先端は淡紅色のものが多い。果実の1つ当り3,000粒ほどの種子を含む。

 国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations、FAO)の統計では、全世界の葉たばこの生産量は、635万トン (2002年) である。全体の3割以上を中国1国で生産する。中国国内では、雲南省、貴州省、河南省、湖南省、四川省の順に生産が多い。雲南省のみで、生産量は66万トン、世界2位のブラジル(65万トン)より多い。日本の生産量は約5万トンである。主な産地は黄色種が南九州、バーレー種が北東北であり、2004年における生産量の上位は、宮崎県、熊本県、岩手県、鹿児島県、青森県の順である。

 JT静岡支店に聞くと、静岡県内における葉たばこ生産は現在1戸のみとなっており、地域は御前崎界隈だという。これ以上くわしくは個人情報で書けない。その耕作種は黄色種で、特徴としては、甘味や「こく」を出す品種だという。

 ところで、製品のたばこの値上げが話題になっている。2021年のタバコ値上げでは、1箱約20円~40円程度の値上がりが多く、中には600円を超える銘柄もあった。また、前々回2020年の値上げでは500円を超える銘柄が特に多く、「たばこ代が500円超えたら禁煙する」など考えていた喫煙者も多かった。今年、2022年には、いよいよタバコ1箱600円を超えるのが当たり前な時代に突入しそうである。禁煙は難しくても、少しでも節煙してタバコ代を節約したい方も多いではないだろうか。2021年に500人の喫煙者を対象にしたアンケート調査で「たばこをやめたいと思ったきっかけは?」で一番多かったのは「タバコ代が高い」からという回答であった。日本人の喫煙率は着実に減少している。

日本人男性の喫煙率の確実な減少と女性の喫煙率の変化

 日本政府は、2004年(平成16年)3月9日、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(WHO Framework Convention on Tobacco Control)に関し、同条約に署名すること及び同条約の締結について国会の承認を求めることを閣議決定した。これを受けて、3月9日(日本時間10日)、ニューヨークの国際連合本部において署名され、6月8日、ニューヨーク(国連)において、受諾書を国際連合事務総長に寄託した。2005年(平成17年)2月27日、世界的には公衆衛生分野における初めての多数国間条約として本条約が発効した。

 紙巻きタバコの健康被害が上げられる一方、水タバコ(シーシャ)に注目する人もいる。結論から言えば、水タバコもタバコの一種である。ニコチン、タールも入っている。健康を気にする人は、肺まで入れずに浅く吸って楽しむケースもある。

尾池中国足彩网の著書『急性心筋梗塞からの生還』(宝塚出版、2000年)

 私の経験を少し語る。私には、1998年6月1日(月曜日)、急性心筋梗塞で入院し、かろうじて一命を取り留めたという経験がある。その機会にいろいろと学習したことの蓄積が現在の活動に役立っている。もともと地球科学の分野でフィールドワークをやっていたから、何でも記録するという習慣があり、一命を取り留めたときの記録も本になって出版された。その記述には血管系に及ぼす喫煙の影響のこともあり、実際に私の本を読んで禁煙に成功した人もあり、心筋梗塞で入院したときに参考書として利用した人もあって、それなりに役に立ったと思っている。私は、その緊急入院の日から巻きたばこやパイプでの喫煙は今までしていないが、京都のシガーバーで水タバコを数回経験して美味いと思ったことがある。

 水たばこは、1回の燃焼時間が1時間程度と長く、気軽に持ち運びはできない。煙が水を通る間に冷やされるために、気温が高いインドや中近東で人気がある。中近東では喫茶店に置いてあることが多い。中国では水タバコを水烟という。水烟筒と呼ばれる尺八に似た筒状のものや、水烟袋と呼ばれる携帯に便利な大きさのパイプに似た形状の喫煙具で吸われている。大型のものには吸い口が2本から4本とりつけられたものがあり、一包みのタバコを何人かで吸う珍しいパイプである。集まって車座になり、パイプをゆっくりと味わいながらお茶や雑談をする生活様式に合わせられた喫煙具である。欧米諸国でのブームを受けて、日本でも水タバコが新たに注目を集め、2018年時点で、東京都内には200を超える水たばこ専門店があるという。

 たばこは嗜好品の1つである。静岡名産のお茶も嗜好品である。嗜好品というものの背景にはその地域の文化と歴史がある。第23期の日本学術会議副会長をつとめた井野瀬久美恵さんは、「人間の嗜好は個人の問題、だけではない。時代のなかで、さまざまな条件や要因が絡まりあいながら、作られていくものでもある。たかが嗜好品、されど嗜好品――だから、文化史はおもしろい!!!」と述べている。

 暑い日が続いているが、マスクを外して静岡県立大学の薬草園を歩きながら、世界各地の文化史と植物との関連をひもとき、世界の各地に思いを馳せてみるのも、感染症対策で活動制限がきつい現在の日々の過ごし方としておもしろいかもしれない。

わが旅路たばこの花に潮ぐもり    阿波野青畝
花煙草ひとすぢの道島を貫き     正木ゆう子
焼跡の煙草の花を隠すなし       石田波郷
雨雲は山離れゆく花煙草        永方裕子

バスの旅煙草の花の右左        尾池和夫
炉開に利休由来の煙草盆
五十年前も煙草屋アマリリス

尾池和夫


●参考文献
公益財団法人日本葉たばこ技術開発協会『葉たばこのできるまで』(毎年のように改訂されている。)
尾池和夫著:『急性心筋梗塞からの生還』(宝塚出版、2000年)

●参考ウェブサイト
薬学部の薬草園サイトはこちらからご覧ください。
https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/~yakusou/Botany_home.htm

キャンパスの植物は、食品栄養科学部の下記のサイトでもお楽しみいただけます。
https://dfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/four_seasons/

●下記は、大学外のサイトです。
厚生労働省:たばこと健康に関する情報ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/tobacco/index.html

尾池和夫のamebaブログ:尾池和夫の記録(75)―(111)急性心筋梗塞の記録さまざま
https://ameblo.jp/catfish69/entrylist.html

井野瀬久美恵 - 比較ジェンダー史研究会
https://ch-gender.jp/wp/?page_id=324

JT:たばこの基礎知識
https://www.jti.co.jp/tobacco/knowledge/index.html

静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも薬草園を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/742410.html?lbl=849

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