柿は晩秋、植物の季語であり、甘柿、渋柿、富有柿、次郎柿、熟柿、木守柿、柿日和などの季語が詠まれる。また、干柿は晩秋、生活の季語で、柿干す、吊し柿、串柿、甘干、枯露柿、柿簾などが詠まれる。
柿の雌花(左)と柿の果実(右) 薬草園提供
柿の学術上の分類はカキノキ科であり、学名がDiospyros Kaki Thunb.の植物名(和名)は「カキ(柿)」または「カキノキ(柿の木)」である。植物名と果実の両方を一般的に「柿」と呼ぶ。野生のカキノキは「山柿」(Diospyros Kaki var. sylvestris Makino) とも呼ばれる。日本では柿は北海道を除く各地にある。他にカキノキ科の仲間には常緑樹のトキワガキや果実が丸く小さいマメガキ、シナノガキ、ツクバネガキなどがある。これらは主に庭木に植栽されているが、ツクバネガキは盆栽や鉢植えにして、観賞用に人気がある。
山柿(左)とツクバネガキの盆栽(右) 薬草園提供
本学の薬草園はカキ(Diospyros Kaki Thunb.)とシナノガキ(Diospyros lotus L.)の2種を保有している。この2種を薬用植物として展示栽培している。柿の蔕は柿蔕(シテイ)の名で生薬として、しゃっくり止めに用いられる。葉にはフラボノイド(ケルセチンなど)、ビタミンCが含まれているため、高血圧、動脈硬化、シミ、ソバカスに良い。果実には多量のタンニンが含まれていている。タンニンはビタミンPとよく似ている構造で、血圧降下作用がある。
カキの名札(左)と生薬の柿蔕(シテイ)(右) 薬草園提供
シナノガキ(Diospyros lotus L.)は西アジア、中国北部原産の落葉高木で、信濃で多く栽培されたことから、その名がある。葉の裏は灰白色で、果実は小さく、長楕円形になる。果実は君遷子(クセンシ)という生薬になる。解熱、鎮静、止渇作用があり、民間療法に柿渋をしゃっくり止めや、しもやけの塗布薬に用いられる。シナノガキの類似植物にマメガキ(Diospyros lotus L. var. glabra Makino)があるが、これも果実が薬用になり、基本的に使い方は同じである。
薬草園のシナノガキ(左)とシナノガキの名札(右) 薬草園提供
カキノキ属(Diospyros L.)の仲間に他にも有用な植物がある。インド南部、セイロン島原産のコクタン(Diospyros ebenum Koenig)の幹は優れた材木として有名だ。黒檀(コクタン)の心材は硬くきめが細かく、高級家具や楽器、建築材などに用いられ、世界的に需要がある。日本の生活史の中で、柿や山柿からとった柿渋は古くから利用されてきた。未熟果の汁を発酵させたものが「柿渋」である。萼を除いた青い未熟果を砕いてすり潰し、水を加え、二、三日放置した後、布で汁を搾ったものを「生渋(きしぶ)」という。柿渋は、生渋をビンなど密封できる容器に詰めて半年から一年ほど冷暗所に置いて保存、熟成して作られる。古いものほど珍重され、褐色で特異な臭気がするのが特徴だ。柿渋は、紙に塗ると耐水性を持たせることができて、和傘や団扇の紙に塗られる。柿渋の塗られた紙を「渋紙」と呼ぶ。防虫防腐効果も期待できるため、建築材にも有用される。神社の赤い鳥居は弁柄(ベンガラ)と柿渋を混ぜたものが塗られている。
生渋を塗った団扇(左)と青柿(右) 薬草園提供
食用柿は沖縄県を除く全都道府県で栽培され、出荷されているが、東北地方では渋柿が少し出荷されているに過ぎない。食用柿の出荷の多い県は、和歌山、福岡、奈良の順である。甘柿は温暖な気候でないと甘くならないため、産地は温暖な地方に限られる。柿の種類は、一般に「渋柿」と「甘柿」に大別され、さらに「完全甘柿」「不完全甘柿」「不完全渋柿」「完全渋柿」に分けられる。甘柿よりも渋柿の方が原種に近い。栽培品種は甘柿と渋柿を含め、地方品種を加えて、1000品種を超える。果実の大きさも大小あり、形も角張っているものから丸いもの、長いもの、平たいものと多様である。
柿は播種から結実までの期間が長い。「桃栗三年、柿八年」と言われるが、接ぎ木の技術を併用すると実際は四年で結実する。接ぎ木の台木に渋柿や山柿を使うと、病虫害に強く、丈夫な苗木になる。また、多くの栽培品種は雌花しか付けないので、果樹園では雄花を付ける授粉木を植えなければならない。一般の家庭で授粉木を植えていなくても種子ができるのは、他から昆虫が花粉を運んで来て受粉させるからである。品種改良に際して、甘渋は重要な要素であり、甘柿同士を交配して渋柿となることもある。播種後一年で甘渋を判定する方法がある。
和名「かきのき」の語源は、赤木(あかき)、暁(あかつき)の略語であるという説、あるいは「輝き」の転じた名など諸説ある。中国の揚子江沿岸の原産といわれ、漢名は柿(シ)である。日本の柿の原種は中国から入って来た。他にも朝鮮半島、済州島に分布する。奈良時代にモモ、アンズ、ウメなどと共に日本に渡来したという説が有力のようで、日本の風土に生育が適していたため、地方で多くの栽培品種が生まれた。中国には甘柿がなく、甘柿は鎌倉時代に日本で出現したとある。甘柿は渋柿の突然変異種と考えられている。現在の神奈川県川崎市麻生区にある王禅寺で、1214年(鎌倉時代)に偶然発見された「禅寺丸」が、日本初の甘柿である。「禅寺丸」は不完全甘柿で種子ができないと甘くならない。また、富有柿の授粉木として、果樹園に植えられる。
中国の羅田県周囲に「羅田甜柿」という甘柿が生育しており、京都大学の調査によると、日本産甘柿の形質発現は劣性遺伝であるのに対し、羅田甜柿は優性遺伝で、タンニンの制御方法が異なっているということが分かっている。完全甘柿は渋が元々少ない品種で、樹になった状態で成熟とともに渋が抜けていくものをいい、種子ができなくても甘くなる。代表的な品種は、富有、次郎、御所である。富有の原木は岐阜県瑞穂市居倉にある。次郎は静岡県森町に住む松本次郎吉に由来する。御所は奈良県御所市が発祥で、突然変異で生まれた最も古い完全甘柿である。不完全甘柿は種子が多く入ると渋が抜けるものをいう。「筆柿」などがある。
渋柿は、実が熟しても果肉が固いうちは渋が残る。代表的な品種は「平核無(ひらたねなし)」「刀根早生(とねわせ)」である。不完全渋柿は種子が入っても渋が一部に残るものをいう。完全渋柿は種子が入っても渋が抜けないものであるが、完全渋柿も熟柿になれば渋は抜ける。
柿の種類と食べ方は地域ごとに多様である。収穫量全国一位の和歌山県を例に挙げると、渋柿の生産が多く、県全体の八割を占める。かつらぎ町四郷の串柿が特に知られている。刀根早生、平核無の生産も多く、かつらぎ町、橋本市では「たねなし柿」という商標で知られ、紀の川市でも盛んである。平核無を特殊な栽培方法で熟成させる「紀の川柿」も有名である。また、九度山町は富有柿のブランド産地で、全国で最も柿栽培従事者の比率が高い自治体である。橋本市、かつらぎ町、紀美野町でも富有柿を特産する。
1789年に日本からヨーロッパへ、1870年に北アメリカへと伝わったことから、学名に「kaki」が使われた。果実の柿は日本で食用として親しまれた果物として知られており、英語でカキフルーツ(kaki fruit)、ドイツ語、フランス語などもカキ「kaki」で通る。英語に柿を表す「パーシモン(persimmon)」の語源はアメリカ合衆国東部の先住民の言語、ポウハタン語で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン(putchamin, pasiminan, pessamin)」であり、アメリカガキ(Diospyros virginiana)の実を干して保存食としていたことによる。欧米でイスラエル産の柿「シャロン?フルーツ(sharon fruit)」が流通しているが、これはシャロン平野に因む名である。
国際連合食糧農業機関 (FAO) の2005年の統計データによると、カキの世界生産量は256万1732トンである。このうち、72パーセントを中国が生産し、99.8パーセントを日本を含めた上位6国だけで生産している。
渋柿の果肉にはタンニンがあり、水溶性で渋味が強い。渋柿を食用にするには果肉が軟らかくなる熟柿を待つか、タンニンを不溶性にする渋抜き加工を行う。湯やアルコールで渋を抜くことを「醂(さわ)す」といい、渋抜きした柿は「さわし柿」と呼ばれる。収穫後に渋抜き処理を行うのが普通であるが、樹上で渋抜きを行うこともある。渋柿のタンニンの性質は品種間で異なり、したがって渋抜き方法も異なる。熱を加えると「渋戻り」という現象があって、また渋くなる。
渋柿の渋味のもとは縮合型タンニンと呼ばれる数種類のタンニン(ポリフェノール類)である。これが水に溶けると舌で渋味を感じる。このタンニンがアセトアルデヒドと結合して水に溶けない形となると渋味を感じないことになる。果実は収穫後も生きていて果皮を通じて呼吸している。この呼吸を妨げると果実内にアセトアルデヒドが蓄積される。この性質を利用して渋柿の呼吸を止めるアルコールや二酸化炭素を用いる脱渋方法が工夫された。干し柿の場合には皮を剥くことによって果実の表面に薄い膜ができて酸素を通さなくなるため分子間呼吸が起こり、それがエタノールを発生させ、アセトアルデヒドに変化してタンニンと縮合する。いずれにしても水に溶けないから渋味を感じないのであって、渋味成分のタンニンは存在しているから、それを食べると、老化を抑える物質として知られているタンニンの持つ抗酸化作用が取り込めることになる。
栄養はビタミンC、ビタミンA、カロテン、糖質に富むが、干し柿に加工するとビタミンCはほとんど失われる。生の果実は身体を冷やすが、干し柿はあまり身体を冷やさない。生の果実を薬効目的に用いるときは柿子(かきし)と称され、生食すれば咳、二日酔いに効果があるといわれている。酒の飲み過ぎのときに柿を食べるとよいといわれる。
柿は播種から結実までの期間が長い。「桃栗三年、柿八年」と言われるが、接ぎ木の技術を併用すると実際は四年で結実する。接ぎ木の台木に渋柿や山柿を使うと、病虫害に強く、丈夫な苗木になる。また、多くの栽培品種は雌花しか付けないので、果樹園では雄花を付ける授粉木を植えなければならない。一般の家庭で授粉木を植えていなくても種子ができるのは、他から昆虫が花粉を運んで来て受粉させるからである。品種改良に際して、甘渋は重要な要素であり、甘柿同士を交配して渋柿となることもある。播種後一年で甘渋を判定する方法がある。
和名「かきのき」の語源は、赤木(あかき)、暁(あかつき)の略語であるという説、あるいは「輝き」の転じた名など諸説ある。中国の揚子江沿岸の原産といわれ、漢名は柿(シ)である。日本の柿の原種は中国から入って来た。他にも朝鮮半島、済州島に分布する。奈良時代にモモ、アンズ、ウメなどと共に日本に渡来したという説が有力のようで、日本の風土に生育が適していたため、地方で多くの栽培品種が生まれた。中国には甘柿がなく、甘柿は鎌倉時代に日本で出現したとある。甘柿は渋柿の突然変異種と考えられている。現在の神奈川県川崎市麻生区にある王禅寺で、1214年(鎌倉時代)に偶然発見された「禅寺丸」が、日本初の甘柿である。「禅寺丸」は不完全甘柿で種子ができないと甘くならない。また、富有柿の授粉木として、果樹園に植えられる。
中国の羅田県周囲に「羅田甜柿」という甘柿が生育しており、京都大学の調査によると、日本産甘柿の形質発現は劣性遺伝であるのに対し、羅田甜柿は優性遺伝で、タンニンの制御方法が異なっているということが分かっている。完全甘柿は渋が元々少ない品種で、樹になった状態で成熟とともに渋が抜けていくものをいい、種子ができなくても甘くなる。代表的な品種は、富有、次郎、御所である。富有の原木は岐阜県瑞穂市居倉にある。次郎は静岡県森町に住む松本次郎吉に由来する。御所は奈良県御所市が発祥で、突然変異で生まれた最も古い完全甘柿である。不完全甘柿は種子が多く入ると渋が抜けるものをいう。「筆柿」などがある。
渋柿は、実が熟しても果肉が固いうちは渋が残る。代表的な品種は「平核無(ひらたねなし)」「刀根早生(とねわせ)」である。不完全渋柿は種子が入っても渋が一部に残るものをいう。完全渋柿は種子が入っても渋が抜けないものであるが、完全渋柿も熟柿になれば渋は抜ける。
柿の種類と食べ方は地域ごとに多様である。収穫量全国一位の和歌山県を例に挙げると、渋柿の生産が多く、県全体の八割を占める。かつらぎ町四郷の串柿が特に知られている。刀根早生、平核無の生産も多く、かつらぎ町、橋本市では「たねなし柿」という商標で知られ、紀の川市でも盛んである。平核無を特殊な栽培方法で熟成させる「紀の川柿」も有名である。また、九度山町は富有柿のブランド産地で、全国で最も柿栽培従事者の比率が高い自治体である。橋本市、かつらぎ町、紀美野町でも富有柿を特産する。
1789年に日本からヨーロッパへ、1870年に北アメリカへと伝わったことから、学名に「kaki」が使われた。果実の柿は日本で食用として親しまれた果物として知られており、英語でカキフルーツ(kaki fruit)、ドイツ語、フランス語などもカキ「kaki」で通る。英語に柿を表す「パーシモン(persimmon)」の語源はアメリカ合衆国東部の先住民の言語、ポウハタン語で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン(putchamin, pasiminan, pessamin)」であり、アメリカガキ(Diospyros virginiana)の実を干して保存食としていたことによる。欧米でイスラエル産の柿「シャロン?フルーツ(sharon fruit)」が流通しているが、これはシャロン平野に因む名である。
国際連合食糧農業機関 (FAO) の2005年の統計データによると、カキの世界生産量は256万1732トンである。このうち、72パーセントを中国が生産し、99.8パーセントを日本を含めた上位6国だけで生産している。
渋柿の果肉にはタンニンがあり、水溶性で渋味が強い。渋柿を食用にするには果肉が軟らかくなる熟柿を待つか、タンニンを不溶性にする渋抜き加工を行う。湯やアルコールで渋を抜くことを「醂(さわ)す」といい、渋抜きした柿は「さわし柿」と呼ばれる。収穫後に渋抜き処理を行うのが普通であるが、樹上で渋抜きを行うこともある。渋柿のタンニンの性質は品種間で異なり、したがって渋抜き方法も異なる。熱を加えると「渋戻り」という現象があって、また渋くなる。
渋柿の渋味のもとは縮合型タンニンと呼ばれる数種類のタンニン(ポリフェノール類)である。これが水に溶けると舌で渋味を感じる。このタンニンがアセトアルデヒドと結合して水に溶けない形となると渋味を感じないことになる。果実は収穫後も生きていて果皮を通じて呼吸している。この呼吸を妨げると果実内にアセトアルデヒドが蓄積される。この性質を利用して渋柿の呼吸を止めるアルコールや二酸化炭素を用いる脱渋方法が工夫された。干し柿の場合には皮を剥くことによって果実の表面に薄い膜ができて酸素を通さなくなるため分子間呼吸が起こり、それがエタノールを発生させ、アセトアルデヒドに変化してタンニンと縮合する。いずれにしても水に溶けないから渋味を感じないのであって、渋味成分のタンニンは存在しているから、それを食べると、老化を抑える物質として知られているタンニンの持つ抗酸化作用が取り込めることになる。
栄養はビタミンC、ビタミンA、カロテン、糖質に富むが、干し柿に加工するとビタミンCはほとんど失われる。生の果実は身体を冷やすが、干し柿はあまり身体を冷やさない。生の果実を薬効目的に用いるときは柿子(かきし)と称され、生食すれば咳、二日酔いに効果があるといわれている。酒の飲み過ぎのときに柿を食べるとよいといわれる。
さらし柿(真如堂のお十夜の露天で売られる十夜柿) 撮影:高橋保世
柿の食べ方にも地域ごとの特徴がある。私の場合は、果物として食べることのほかでは、甘柿と大根の柿なます、アボガドと甘柿のサラダ、貝割菜と生ハムと柿のサラダなどである。柿なますはもっとも一般的な家庭料理だろうと思っている。土産でたびたび買って帰ったのが柿羊羹だった。大垣の土産で、歴代の将軍に献上された岐阜県特産の堂上蜂屋柿を原料とする。この干柿をジャム状にして寒天と砂糖を煮詰めて混ぜ合わせて作られる。容器は大きな竹を割ったものでこの竹を後で踏み竹にしたり、竹とんぼにしたり有効に利用していた。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
生涯に20万を超える句を詠んだ子規の作品の中でも最も知られている一句である。「法隆寺の茶店に憩ひて」という前書きがある。この柿は大和の御所柿だと言われている。子規の「くだもの」(『ホトトギス』1901年4月号)によると、漢詩にも和歌にも奈良と柿とを配合した作品がないということに気付いて喜んだという。もともと子規は柿が大好物で、学生時代に樽柿を一度に七、八個食べたという。奈良は柿の産地である。奈良県斑鳩町にある柿の葉寿司の店「平宗」には、夏の「柿氷」がある。柿の葉寿司や土産物を販売する売店の奥で食べる。奈良名物の柿の葉寿司も味わえる。柿の葉寿司は、すし飯に塩鯖の切り身を乗せ、殺菌作用がある柿の葉で巻いて一晩寝かせた押し寿司である。奈良県南部の五條、吉野地域で古くから家庭で食べられている郷土料理である。奈良を代表する名物となっている。柿の葉寿司の消費期限は製造日から三日間である。
里ふりて柿の木もたぬ家もなし 芭蕉
柿むいて今の青空あるばかり 大木あまり
柿博打あつけらかんと空の色 岩城久治
「柿博打」は宇多喜代子『古季語と遊ぶ』にある季語で、柿の種の数の丁半で勝負を決めた昔の賭博である。
雨降つて八犬伝の里に柿 大串 章
ぬきさしのならぬよ熟柿手にうけて 大石悦子
大方は塀の外にて実る柿 岩田由美
山の柿日暮るるころが好きでくる 矢島渚男
柿食ふや遠くかなしき母の顔 石田波郷
柿食へと天より声や子規波郷 草間時彦
山ざとは人ごゑうれし木守柿 上田五千石
木守柿というのは収穫の後に一個だけ木に残しておく柿の実で、来年も実がつくようにという祈りとともに小鳥のために残しておく。しかし最近では熊が登ったりするので残さないようにと指導する村も増えてきた。山に実のなる木を植えたり放置された柿の木を伐採したり、里を守る苦労が多い。
この山の熊も教へ子木守柿 尾池和夫
柿植うや杮は柿にあらざれば 尾池和夫
「杮落し」の「杮(ホ、こけら)」は環境依存文字で、「柿(シ、かき)」とは異なる文字である。木偏は同じであるが、旁には違いがあり画数も異なる。
干柿は柿の果実を乾燥させた食品で、ドライフルーツである。ころ柿(枯露柿、転柿、ころがき)、白柿(しろがき)とも呼ばれる。日本、朝鮮半島、中国大陸、台湾、ベトナムなどで作られている。日系移民によってアメリカ合衆国のカリフォルニア州にも干し柿の製法が伝えられた。渋柿は乾燥させることによって渋柿の可溶性のタンニン(カキタンニン、シブオール)が不溶性に変わり、渋抜きされて渋味がなくなり、甘味が強く感じられるようになる。甘さは砂糖の約1.5倍と言われる。乾燥させずに生食される甘柿とは風味や食感がまったく異なるため、甘柿が苦手でも干し柿は食べるという人もいる。逆に甘柿が好きでも干し柿が苦手という人もいる。
糖度そのものは渋柿のほうがはるかに高いため、甘柿を干し柿にしても渋柿ほどには甘くならない。表面に白い粉が付着していることが多いが、これは柿の実の糖分が結晶化したもので、主にマニトール、ブドウ糖、果糖、ショ糖からなる。日本ではかつてこれを集めて砂糖の代用とし、中国ではこれを「柿霜」と呼んで生薬とした。ビタミンCは干し柿にすると無くなり、その代わりにβ-カロテンが増える。食べ過ぎるとタンニンの作用で鉄分の吸収が妨げられるから、一日に食べる量は一、二個がよい。さらに最近は「柿チップ」に人気があって、たくさん柿が採れたときに自家製の柿チップを保存食として作っておくことも可能である。
三国山颪にゆらり柿すだれ 尾池和夫
吊し柿嘘偽りも甘くなる 津田清子
干柿の種のあはれを舌の上 片山由美子
尾池和夫
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
生涯に20万を超える句を詠んだ子規の作品の中でも最も知られている一句である。「法隆寺の茶店に憩ひて」という前書きがある。この柿は大和の御所柿だと言われている。子規の「くだもの」(『ホトトギス』1901年4月号)によると、漢詩にも和歌にも奈良と柿とを配合した作品がないということに気付いて喜んだという。もともと子規は柿が大好物で、学生時代に樽柿を一度に七、八個食べたという。奈良は柿の産地である。奈良県斑鳩町にある柿の葉寿司の店「平宗」には、夏の「柿氷」がある。柿の葉寿司や土産物を販売する売店の奥で食べる。奈良名物の柿の葉寿司も味わえる。柿の葉寿司は、すし飯に塩鯖の切り身を乗せ、殺菌作用がある柿の葉で巻いて一晩寝かせた押し寿司である。奈良県南部の五條、吉野地域で古くから家庭で食べられている郷土料理である。奈良を代表する名物となっている。柿の葉寿司の消費期限は製造日から三日間である。
里ふりて柿の木もたぬ家もなし 芭蕉
柿むいて今の青空あるばかり 大木あまり
柿博打あつけらかんと空の色 岩城久治
「柿博打」は宇多喜代子『古季語と遊ぶ』にある季語で、柿の種の数の丁半で勝負を決めた昔の賭博である。
雨降つて八犬伝の里に柿 大串 章
ぬきさしのならぬよ熟柿手にうけて 大石悦子
大方は塀の外にて実る柿 岩田由美
山の柿日暮るるころが好きでくる 矢島渚男
柿食ふや遠くかなしき母の顔 石田波郷
柿食へと天より声や子規波郷 草間時彦
山ざとは人ごゑうれし木守柿 上田五千石
木守柿というのは収穫の後に一個だけ木に残しておく柿の実で、来年も実がつくようにという祈りとともに小鳥のために残しておく。しかし最近では熊が登ったりするので残さないようにと指導する村も増えてきた。山に実のなる木を植えたり放置された柿の木を伐採したり、里を守る苦労が多い。
この山の熊も教へ子木守柿 尾池和夫
柿植うや杮は柿にあらざれば 尾池和夫
「杮落し」の「杮(ホ、こけら)」は環境依存文字で、「柿(シ、かき)」とは異なる文字である。木偏は同じであるが、旁には違いがあり画数も異なる。
干柿は柿の果実を乾燥させた食品で、ドライフルーツである。ころ柿(枯露柿、転柿、ころがき)、白柿(しろがき)とも呼ばれる。日本、朝鮮半島、中国大陸、台湾、ベトナムなどで作られている。日系移民によってアメリカ合衆国のカリフォルニア州にも干し柿の製法が伝えられた。渋柿は乾燥させることによって渋柿の可溶性のタンニン(カキタンニン、シブオール)が不溶性に変わり、渋抜きされて渋味がなくなり、甘味が強く感じられるようになる。甘さは砂糖の約1.5倍と言われる。乾燥させずに生食される甘柿とは風味や食感がまったく異なるため、甘柿が苦手でも干し柿は食べるという人もいる。逆に甘柿が好きでも干し柿が苦手という人もいる。
糖度そのものは渋柿のほうがはるかに高いため、甘柿を干し柿にしても渋柿ほどには甘くならない。表面に白い粉が付着していることが多いが、これは柿の実の糖分が結晶化したもので、主にマニトール、ブドウ糖、果糖、ショ糖からなる。日本ではかつてこれを集めて砂糖の代用とし、中国ではこれを「柿霜」と呼んで生薬とした。ビタミンCは干し柿にすると無くなり、その代わりにβ-カロテンが増える。食べ過ぎるとタンニンの作用で鉄分の吸収が妨げられるから、一日に食べる量は一、二個がよい。さらに最近は「柿チップ」に人気があって、たくさん柿が採れたときに自家製の柿チップを保存食として作っておくことも可能である。
三国山颪にゆらり柿すだれ 尾池和夫
吊し柿嘘偽りも甘くなる 津田清子
干柿の種のあはれを舌の上 片山由美子
尾池和夫
薬学部の薬草園サイトはこちらからご覧ください。
https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/~yakusou/Botany_home.htm
キャンパスの植物は、食品栄養科学部の下記のサイトでもお楽しみいただけます。
https://dfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/four_seasons/
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